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2008年8月 5日 (火)

ホンダカブミーティング@3

ホンダカブミーティング第3弾? 今日は午後に行われた初代スーパーカブのデザイナー 木村讓三郎氏 のトークショウについて、あくまでも私CT110の感想などを・・・
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中央の初老の方(失礼)が木村讓三郎氏です。 非常にお元気で、あの午後の猛暑の中1時間半しゃべりっぱなしでした。
お話の内容は私の記憶だけが頼りのレポートになります。メモも取らなかったのでホントに私の個人的な感想です。
箇条書きにしてみます。
1.初代スーパーカブのデザイナー 木村讓三郎氏は1957年本田技研に入社し、翌年の4月からスーパーカブの製作の主任者に任命される。

2.当時は極秘でその名前をマルM作戦と言った。

3.オヤジさん(本田宗一郎氏)から、とにかく独創的なもの、今までにないものを造るのだ。手の内に入るものを造れと言われ続けた。

4.そのうちタイヤのサイズが決まった。2.25-17・・・コレで行けと。
  当時は18インチや16インチはあったが、17インチは存在しなかった。

5.最初ブリジストンに話を持って行ったら、勘弁してくださいと断られた。(採算に合わない)

6.それではとダイドー工業?で17インチのリムを作ってもらい、横浜タイヤがそのサイズを造ってくれた。

7.タイヤのサイズが決まると、その大きさの型紙を造り、ホイールベースなども決まっていった。(タイヤのサイズからデザインが決まっていったと木村氏は話されていました)

8.当時はまだ舗装率が低かったので、悪路も走る必要があり、快適に走行できる最小サイズが17インチだったらしいです。

9.また、材質なんかも当時最高のモノが使われた。

10.当時、CBシリーズ等がヒットし、資金的にも余裕があった。

11.オヤジさんは、朝、昼、夜と設計室に顔を出し、私としてはうるさかったが、オヤジさんの意気込みは凄かった。

12.木村氏はプラスチックとかの材質にも詳しかったので、車体カバーにそれを当てることが出来た。

13.初代スーパーカブC100の色は、ブルー、薄いブルー、シートのくすんだ赤というモノだが、その淵源は人間の体の色だというのです。つまり青は静脈の色。赤は動脈の色。これはデザイナー的な凄い発想だと思いました。

14.スーパーカブのネーミングは、当時色々な単語の前にスーパーと言う文字を付けてスゴイとか大きいと言うようなイメージがあったので、カブの前にスーパーと付けてみたら、結構良い名前だったので、自分で(木村氏が)ロゴを造り、オヤジさんに見せて決まった。

15.木村氏は飛行機(戦闘機)も好きで、よく見ていたのでフロントフェンダーの曲線とかハンドルの造形などにも生かされた。

大体こんなものです。詳しくはもっとありましょうが私の印象的な記憶です。
そして上記の文を参考にこの写真を見ると全く木村氏のイメージが素晴らしく具現していることがわかると思います。

C100

HONDAのHPから借用

もうちょっと続きマ~スsweat01

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